先日、友人の紹介で、声のマエストロのヴォイトレに行ってきました^^
はるばるイタリアから来られた先生です。 私は、マントラを唱えることが大好きで、もっとクリアな声が出たら素敵やな~ぐらいの気持ちで行ったのだけど、
行ってみると、ヴォイトレをしながらも、とても哲学的だった。
1回だけ行くつもりが、結果として、何度も足を運ぶことになるんだけどね。
レッスンの中で、
高い声が出なくて、力が入っていたら、
「声の高さや声の質は結果なんだよ。
結果をコントロールするのではなく、
原因である、あなた自身を大事にして。
もっと音楽を楽しんで。
音楽はもっと自由です。
自分の声をその音にあてはめようとしなくていいんだよ」 これは、私が勉強している分野ではよく言われる話で、
物事には原因と結果がつきものだけど、
原因を自分や、その行いとするなら、
その結果をコントロールすることはできませんよ。
って話。 結果は、期待通りのものだったり、
期待以上のものだったり、
期待以下のものだったり、
全く期待と違うものだったりする。 この結果に対して、人の心は、うれしくなったり、楽しくなったり、
喜んだり、怒ったり、悲しんだり、嫉妬したり、いろんな感情がうまれる。 私の本質とは、何にも縛られず常にある存在だとヴェーダーンタは言う。
もっと自由に、もっとリラックスして。
ううん、実際には、リラックスしかない。
シンプルでしかない。
なぜかいろ~んな付属物を付けてしまっている私がいるだけ。 ヴェーダーンタを、ヴォイトレで見つめ直すことになった。
頭でっかちにならないこと。
学んだ知識は実践する。
せっかく体をもって生まれたんだから、もっと楽しむこと。 原因にフォーカスすることで、なぜか、声が変わり始めた。 そして、ある瞬間、私と、私の声が一体化した気がした。
出し終わった後で、びっくりした。
一瞬だったし、それに執着するのも、また結果にこだわっていることになる。 ただただ、自由にリラックスして、音楽を楽しもう
ただただ、自由にリラックスして、人生を楽しもう